商品紹介~5分で「やる気」が出る賢者の言葉 「プチ鬱」から脱け出す33の技術

皆様こんにちは。Kaienクリエイティブコースに参加しているHです。
いかがお過ごしでしょうか。

今回は、こしょこしょあきはばらで販売している書籍の中から、ぜひ皆様におすすめしたい一冊をご紹介します。
それがこちら、『5分で「やる気」が出る賢者の言葉 「プチ鬱」から脱け出す33の技術』(齋藤 孝 (著)/小学館101新書)です。

チャプター1 小林一茶 「ともかくもあなた任せのとしの暮」

小林一茶の句にはユーモアがあります。ですが少し深く鑑賞すると、そのユーモアの裏には一茶の人生の覚悟のようなものが垣間見えます。

著名な句集『おらが春』は娘の死を機に編まれたもので、娘の死を「露の世は露の世ながらさりながら」と詠み、悲痛な思いを滲ませます。

しかしそんな『おらが春』の最後は、「ともかくもあなた任せのとしの暮」というユーモラスの効いた句で締めくくられています。どことなく厭世的な感もあるこの句は、悲観的になりながらも、グっとこらえて、不幸もすべて飲み込んだ上でユーモアに転化されています。

俳句そのものが、現実を観察しながらもどこかに「ひとひねり」を加えて出来上がるものです。一茶は俳人らしく、ひねりを加え、不幸な人生に「ユーモア」を加えたのです。

 

今回のアイキャッチは、江戸時代に出版された『おらが春』の表紙をイメージして制作しました。江戸で出版されていた書物は、子どもや庶民向けに作られた絵入りの娯楽本である赤本、大人や若者向けに作られた歌舞伎や浄瑠璃の物語、武勇伝、合戦物などを題材にした青本、大人向けの絵入り小説である黄表紙が代表的です。

俳句集も当然ながら出版されていましたが、上記のようにジャンル別で表紙が決まっていたわけではなく、鼠色や藍色、紙の地色をそのまま使うなど、特別な趣向を凝らすようなことはあまりなかったようです。

その例に倣い、鼠色を地色に採用し、楷書体の雰囲気を色濃く残すフォントを採用することで江戸時代に出版された書物の雰囲気をイメージしました。

このアイキャッチをご覧になった方に、その雰囲気を少しでも感じていただけましたら幸甚です。

 

チャプター2 アルベール・カミュ 「頂上を目がける闘争ただそれだけで、人間の心をみたすのに充分たりるのだ」

 人生の不条理は至るところに転がっています。交通事故、勤めていた会社の倒産、左遷、病気、支離滅裂な上司の指示など……。しかし、それは避けようがありません。
フランスの小説家アルベール・カミュは「こんにちの労働者は、生活の毎日毎日を、同じ仕事に従事している。その運命はシーシュポスに劣らず不条理だ(アルベール・カミュ著/清水 徹・訳『シーシュポスの神話』より)」とシーシュポスと労働者を重ね合わせます。
シーシュポスとはギリシア神話に登場する人物で、訳あって神ゼウスの怒りを買い、罰として、巨大な岩を山頂まで上げるよう命じられる。ところが、あと少しで山頂に届くというところまで運び上げると、岩はその重みで谷底まで転がり落ちてしまう。
シーシュポスのなにも成就しない労働は、日々の人生のなかで何度も襲ってきます。しかしカミュは岩を押し上げる姿ではなく、岩を拾いに行くときの緊張感にスポットを当て、「いわばちょっと息をついているこの時間、かれの不幸と同じく、確実に繰り返し舞い戻ってくるこの時間、これは意識の張りつめた時間だ」「(この時間は)どの瞬間においても、かれは自分の運命よりたち勝っている。かれは、かれを苦しめるあの岩よりも強いのだ」「侮蔑によって乗り越えられぬ運命はない」と言います。
カミュは、不条理を認めるのではなく、その不条理さをあざ笑い「大したことない」と侮蔑することで、自分の運命に勝つことができる、と言います。

今回のアイキャッチは、そんなシーシュポスが岩を押し上げながら険しい山道を登る姿を描きました。山頂へ届きそうなところで岩が転がり落ちてしまうのでしょう。それでもシーシュポスはそんな不条理な運命をあざわらい侮蔑する姿が思い浮かぶでしょうか。

 

いかがでしたか?

この本はKaienに寄贈していただいたもので、秋葉原サテライトで実施している「こしょこしょ あきはばら」にて、有効活用をさせていただいております。

詳しくは、「寄贈のお願い」をご覧ください。

皆様のご支援、どうぞよろしくお願いします。